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from EDITOR|ENGINE 2011.3 No.126


 いま、ミラノにいて、次の秋冬メンズ・ファッションの提案を見てまわっている。世界的規模のファッション・ブランドは毎年、春夏と秋冬のシーズンがはじまるおよそ1年前に、じぶんたちのブランド服の新作を、主要なプレスやバイヤーを招いて、モデルにランウェイを歩かせてのファッション・ショウを行ったり、ショウなしの展示会を開いたりして、反響をさぐる。どんなルックをどれだけつくるか、を決めるためだ。メンズの部門では、ミラノのコレクションがいちばん大規模で、ついでパリということになるが、ほかに、ニューヨークやロンドンを発表の場にえらぶブランドもある。ちなみにジャパニーズ・ファッションの雄、コム・デ・ギャルソンは、1981年以来、パリを発表の舞台にしている。
 ミラノでは、日本でも流通している主要ブランドだけをとっても、4日間の会期中に、1日平均、市内各所でゆうに20件ぐらいのショウや展示会がある。もちろん全部を見ることはできない。しかし、1日10件程度は僕でも見るので、見ているうちに、近い将来のメンズ服の傾向がだいたいわかるようになる。
 こういう場で発表される高価なトップ・ブランド服のショウは、衆生には無縁のように思うかもしれないが、そんなことはない。いまはインターネット等によって動画をふくむ画像で、この日のミラノの様子をだれでもかんたんに見ることができるから、好評なものは、本家のブランドが商品として発売するころには、それにインスピレーションを得たり、ハッキリそれをマネたりした安価な服が、いろいろな国で同時に出回るようになったりする。というわけで、ラグジュアリーな「ミラノのいま」は、雲の上での贅沢の競いあいではなく、1年後、2年後の、世界中の街頭ファッションの流行の中核を、結局はかたちづくることになる。
 そんなミラノのメンズ・コレクションをもう15年ほど見つづけているけれど、ことしぐらい、このコレクションにやってくるジャーナリストやバイヤーの顔ぶれに、大きな変化を感じたことはなかった。つまり、中国や韓国などから来るジャーナリストやバイヤーが格段に増えたのだ。これに、数年前の最盛期より減ったとはいえ、依然、大グループである日本の同業者をくわえれば、高級メンズ・ファッションの消費センターとしてのアジアのプレゼンスは、だれも無視できないほどの大きさを持つにいたった。
 服はむろん、裸では暮らすことのできない文化的存在としての僕たちの、第2の皮膚であり、社会関係を取り結んで生きる僕たちの、第2のことばである。身分が固定していた近代化以前の社会では、服装はそのまま、各人の階級や職業や帰属する社会集団などの表明と証明であり、個人の恣意で取捨できない文化的規範にして社会的言語だった。生身の皮膚を剥ぐことができないように、農民の家に生まれ落ちれば死ぬまで農民の服から、貴族の家に生まれれば死ぬまで貴族の服から、だれも逃れることはできなかった。
 近代化以後の自由な服装は、身分からの自由によって創出されたものだ。自由に着るということは、とりもなおさず自由に生きるということにほかならない。そのとき服は、みずからの主体的な生き方そのものの表明と証明になる。だから、なにを着るかと問うことは、どう生きるのか、どう生きていきたいのか、を問うことだ。僕たちの日々の服装は、僕たちの日々の希望や絶望であり、幸福や不幸や高揚や落胆である。
 しかし、近代化以後の服装であっても、完全に自由かといえばそうでもない。たとえば男の服は、スカート男子が登場するぐらい自由になったとはいえ、ジェンダーといわれる社会的・文化的性別を乗りこえるにはいたっていない。それは、生きる自由におけるジェンダー的制約が残っていることの証だけれど、そんな制約がなくなる社会がもし到来すれば、服装の男女差も解消するだろう。しかし、問題をそこまでひろげずとも、現代の「自由」な男性服が抱える大きな不自由がいまひとつある。
 それは近代化の起点となった西欧の男性服のありかたから逃れられていないことだ。コム・デ・ギャルソンを率いる川久保玲は、この不自由への果敢な、そして自覚的な挑戦者だと僕はおもうけれど、かの女が世界に躍り出てからすでに30年近い歳月が流れた。そしていま、現代ファッションの中心は徐々に西から東へシフトしつつある。川久保の挑戦を引き継ぐアジアのイニシアチブはいまだ見えてきてはいない。僕がコレクション取材をはじめたころは、大方が人民服を着ていた国の男たちが最新ファッションで闊歩する凍えるミラノの街頭で、アジアの時代は靴音だけが高かった。  (鈴木正文)
 
 
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