ENGINE online/エンジン オンライン

from EDITOR|ENGINE 2010.9 No.120


 さる日曜日、僕は長期テスト車の1992年製ポルシェ 911カレラ2カブリオレのパセンジャー・シートに阿部昌也カメラマンを乗せて、伊豆方面に向かっていた。いずれはじめる予定の、古いクルマのレストアについての連載の取材に行こうとしていた。僕たちは、東名自動車道下り線、横浜町田インター手前の、絶望的なまでの渋滞のなかにあった。
 もう、かれこれ1時間あまりスタックしていて、電光の情報掲示板によれば、すくなくともあと1時間はこの状態が続きそうだった。関東地方の梅雨明けが宣言された翌日にあたるその日は朝からじめじめと暑く、ラジオのニュースは、昼までにまだ数時間を残すのに、気温がすでに30度をこえたことを告げていた。
 18年前の空冷911のエアコンはまったく効かないわけではないけれど、すばらしく効くわけでもなく、匍匐前進するような状況のもとでは、わずかな冷気は環境温度との格闘に苦戦を強いられっぱなしだった。全身がうっすらと汗ばみ、不快といえば不快だったけれど、それは渋滞そのものだけが理由ではなかった。
 その不快感にきっかけを与えたのは、この日だけでなく、この数カ月に経験した週末ロング・ドライブのすべてのケースにおいて、マイナーな事故が渋滞を悪化させていることに気づいたことだった。統計ではなく、ドライバーとしての僕の長年の経験を頼りにしていえば、10年前、20年前にくらべて、軽微な接触や追突のたぐいの事故が、このところ非常に増えている。そして、そのことは、いまこの国で売れているクルマのあり方と決して無縁ではない。つまり、つまらないクルマが増えたからつまらない事故が増えた、と僕は怒っていたのだ。
 つまらないクルマというのは、運転しても、見ても、同乗者として乗ってもつまらないクルマのことだ。そういうクルマが路上を埋め尽くしていて、その日もそうだった。つまり、相互に区別のつきにくい格好の大小のワンボックス・カーか、ワンボックス・カーのような大小の2ボックス・カーが、前にも後ろにも隣にも、さながら顔なき群衆のように、僕たちを取り囲んでいるのだった。
 あるクルマのスタイルは、そのクルマにとっての服装である。すべての服装がファッショナブルである必要も前衛的である必要もまったくないけれど、キチンとしたものであれ、くだけたものであれ、服装である以上それは、その「服装」を選択した人間=ドライバーの側からするひとつの語りかけであり態度表明にほかならない。ところが、その語りかけが、この国のクルマの場合、みなおなじにしか聞こえないのだ。僕には路上のクルマのあまりにも多くが、「私は運転がむずかしくなく、できるだけゆとりのある空間を提供し、しかも周囲と同調するテイストのスタイルを持っています」とだけいっているようにしか聞こえない。
 それがおもしろくないのは、クルマを介しての沈黙の会話がはずまないし、クルマの群れのなかにあって、僕の感性も知性も刺激されないから、渋滞している時間が本当に死んだ時間としてしか意識されず、僕はクルマに乗って出かけたことを後悔したくなってしまうからだ。クルマ社会の「社会」としてのあり方が単調にすぎ、バリエーションも葛藤もなく、要するに少子高齢化社会そのもののように活力がない。あたらしい感性や知性の芽生えを愉しめない。
 見ておもしろくないクルマは、運転してもおもしろいはずがない。いまや新車の90%以上がAT車となってしまっていることの是非は論じないが、どんなに実用に徹したクルマであれ、クルマとしての存在意義を主張するからには、クルマを運転している時間を、ほかの移動手段によって移動している時間とは別の、移動そのものにたいしてより主体的で積極的な心がけと技術を要求し、ドライバーの積極性に応えるようしなければならない。運転することがひとつのチャレンジであり、ステアリングやエンジンや変速機や足まわりのマナーが、ドライバーとの積極的な対話をうながすようなありかたに、ハードウェアとしてクルマが仕立てられていなければならない。
 ところがあまりにも多くのこの国のクルマが、ドライバーにたいして、主体的なかかわりをますます要求しないようにつとめている。クルマの運転がだれかがシステム的に決めたシステムに乗っかるようなものとなってしまい、主体不在の運転ならざる運転を可能にしてしまっている。感性的にも知性的にも刺激のない運転は、運転に対する注意力も集中力も要求しないから、くだらぬ事故が増えるのもあたりまえではないか。
 何をどう着るかというのは生き方の問題だ。何にどう乗るかもまた、生き方の問題である。 (鈴木正文)
 
 
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