ENGINE online/エンジン オンライン

from EDITOR|ENGINE 2010.4 No.115


 こういう時代になると、エセな「倫理」が幅をきかすようになる。
 たとえば、浪費は悪だ、という「倫理」なんかはその代表格で、いまそれは得意の絶頂にあるのではないか。浪費とは、必要以上に消費すること、つまり過剰消費行為である。ところがやっかいなのは、ほぼすべての人間活動において過剰消費は避けがたい、ということだ。いや、避けがたいばかりか、むしろ必須なのかもしれない、とおもうぐらいだ。
 いうまでもなく、人間活動の基本は、食べ、飲み、人や事物を愛し、カラダを動かし、頭を働かせ、感情を動かすことにある。僕たちは遊び、仕事をし、あるいはたんに生活し、そうしていくなかでなにかを創造したり、なにも創造しなかったりしているわけだけれど、そういうことごとのすべてについてその基礎にあるのが、「食べ」「飲み」「なにかを愛し」「カラダを動かし」「頭を働かせ」「感情を動かす」という大元の行為だ。そして、こうした大元の行為のすべては、よくかんがえれば、過剰になされるほかない。
 たとえば、食べる、こと。成人は通常、1日に2500キロ・カロリー内外の食べものを摂取しなければならない、とされているけれど、人間が人間らしく生きているならば、毎日とはいわないまでも、たびたびそれ以上のカロリーを摂取するだろう。それはたんに美食なり過食なりの欲望に負けてそうなる、ということとはかぎらない。活発に思考したり、カラダを動かしたりすれば、より多くの栄養を僕たちは必要とするわけで、あるとき6000キロ・カロリーを摂取したからといって、それが過剰消費=食物資源の不当な浪費、ということになるとはかぎらない。また、たとえばダ・ヴィンチの絵画を鑑賞するように名フォアグラ料理を堪能する文化行為としての食事に耽溺することもあるわけで、そういう人間的行為としての食をも、われわれは浪費として排除しなければならない、ということにはむろんなりはしない。
 人を愛する、などということも過剰なことだ。僕たちは、だれかをじぶん以上に大切に、またいとおしくおもうことがある。自己保存の本能にとっては、自己愛の前にはいかなる愛も2次的であるべきだろうが、愛する人のためにみずからの声名はおろか生命すら顧みないという行為は、僕たち人類が太古からおこなってきたふつうのことだ。与えられた生命エネルギーの浪費でしかないそうした愛のための、しばしば自己破壊的でもある行動は、しかし、人間が人間らしく生きるということの大切な一部ではないか。
 哲学も詩も絵画もふくむすべての芸術もまた、過剰な人間的エネルギーの支出の所産である。善きものはすべてとまではいわないが、僕たちの生活において、なにかただならぬもの、それゆえに一考を要するもの、つまりは、僕たちの生きかたなり、かんがえかたなり、感じかたなりに、別の可能性があることにおもいをいたらせるたぐいのものすべては、心的エネルギーをふくむ人間的エネルギーの過剰支出=浪費なしには生み出されえなかっただけではない。それを味わうのにも、僕たちは、それを生み出すさいに必要とされたエネルギーに匹敵するようなエネルギーを使う。バッハの「平均律クラヴィーア曲集」の真価を堪能するのに動員される知性が、あるいはピカソの「アヴィニヨンの娘たち」に刺激を受けるだけの知性が、それを創造したさいに支払われた知性に比べて、その過剰性において劣ることはないはずだ、と僕はおもう。
 クルマもおなじだ。
 たとえば、ロールズ・ロイス・ファンタムは、その動力性能において、そのサイズにおいて、そのドライヴ・フィールにおいて、その空間の仕立てにおいて、そしてあの不動に直立したモノグラムを持つホイール・ハブ・キャップのありようにおいてすら、現代における1台の平均的クルマのありようをはるかに凌駕する過剰な成り立ちを有する。ファンタムのすべてが、クルマにおける浪費そのものとしてある。
 それゆえ、1台のロールズをして、ある人は悪の権化というだろう。そして、別の人はその過剰なありかたを、自動車の姿をした現代文化の精華としてたたえるだろう。
 話をもっとひろげれば、太陽という過剰なエネルギーゆえに生存を許され、生きることを享受している僕たちにとって、もし太陽が「悪」でないとするなら、ファンタムやフェラーリのごときはむろん悪ではない。それに、僕たち人間は、そもそも地球の自己保存にとって不要であるという意味では過剰な存在である、ということを忘れてはならない。人間が神の浪費の産物ではない、とだれがいえるだろう。   (鈴木正文)
 
 
最新記事一覧
Driving Lesson
エンジン・ドライビング・レッスン
「エンジン・ドライビング・レッスン2017」の受講生募集を開始します。今年の開催は全3回…
ENGINE ROOM
ENGINE 2019年1月号
自動車用品からファッション、時計まで、ENGINE読者必見の新製品、新店舗、イベントなど耳より情報が…
ENGINE ROOM
ENGINE 2019年1月号
いま、ボルボに乗りたいこれだけの理由。
NEWS
ENGINE beat Lupin 2018…
昭和の文士たちに愛された『銀座・ルパン』が開店から90周年を迎えた。内装も戦前のままという店を訪…
NEWS
PEUGEOT508/プジョー508…
2019年第1四半期に導入が予定されている新型508の発表に先立ち、全国の主要ディーラーでプレビュー・…
SPECIAL
ヴァシュロン・コンスタ…
愛車でクラシックカー・イベントに行く時にも、ちょっと気取って仲間のパーティに出掛ける時にも似合…
NEWS
FIAT クロスオーバーSUV …
2014年春のデビューから4年半、フィアットの小型クロスオーバー(SUV)の500Xが初めて大規模なマイナ…
NEWS
MAZDA CX-5 CX-8/マツダ…
CX-5とCX-8がアップデート。そのプロトタイプにテストコースで試乗した。今回の改良の目玉はエンジン…
NEWS
40年間封印されていた幻…
日本では1978年に短縮版のみが公開されていた、米リメイク版の『恐怖の報酬』が完全な形で復活。ど迫…



バックナンバーページの定価表記について
「ENGINE 2014年3月号」以前の定価表記は、発売時の定価になっております。
予めご了承くださいますようお願い申しあげます。



▼FROM EDITOR 最新5件
 from EDITOR|ENGINE 2011.8 No.131
 from EDITOR|ENGINE 2011.7 No.130
 from EDITOR|ENGINE 2011.6 No.129
 from EDITOR|ENGINE 2011.5 No.128
 from EDITOR|ENGINE 2011.4 No.127