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from EDITOR|ENGINE 2003.6 No.033


 イラク戦線のアメリカ兵に支給される糧食は、フレンチ・フライがアメリカン・フライ、フレンチ・トーストがアメリカン・トーストと呼ばれていたそうだ。中華ソバを日本ソバ、アメリカン・フットボールをジャパニーズ・フットボールと言うようなものだろうか。バカげているが、それだけ相手にたいする憎しみが深いのか。それとも、腹立たしさをたんにぶつけているだけなのか。どっちにしても、食事文化というものにたいする敬意は、どこかに蹴飛ばされてしまっている。
 ニューヨークでは一番のフランチ・レストランといわれ、予約がとれないことで有名だったアップタウン72丁目の“ダニエル”では閑古鳥が鳴いているらしい。やっぱりニューヨークで、フランス産ワインのボトルが割られ、血のような液体が道に撒き散らされる映像もニュースで見た。だったら、自由の女神像はどうしているのだろう? もうだれにも見向きもされないのか。それとも、バグダッドでこれ見よがしに引き倒されたフセイン像のような運命にでも遭うのだろうか。
 それはありそうにない。だいたい、あれが1886年にフランスから贈られたものだということを、どれぐらいのアメリカ人が知っているだろう。パスポートを所持している下院議員が20%いるかいないか、と言われている国だ。それにニューヨーク港リバティ・アイランドに建つその像は、寄贈98年後の1984年に、ユネスコの“世界遺産”に指定されてもいる。おまけにその台座には「その疲れを、その貧しさを、私に預けなさい。自由に呼吸することへの切なる願いの、山のような積み重なりも」という詩が彫られている。自由の守護神たる国の人々が、ぞんざいに扱えるはずもない。そうだ、ブッシュ政権は、あの引き倒されたフセイン像の跡地のために、あたらしい“自由の女神像”を寄贈するようフランス政府にリクエストしてみてはどうだろう。ギクシャクした米仏関係修復の糸口になる?
 イラクの戦争のことを書くのは気が進まない。何を書いても、すでにどこかに書いてあったことを繰り返すことにしかならないということもあるし、ブッシュにもフセインにも肩入れできないからだ。しかし、結局、平和といっても、古代中国でも古代ローマでも、“力による平和”以外のものが実現されたのを、僕たちは知らない。僕はいまのアメリカのやり方を支持しないけれど、いまの世界に平和があり得るとしたら、それはアメリカの力による平和としてしか可能にならない、というのが認めざるを得ない現実だ。国連による平和は、なるほど実現できればそれに越したことはない。しかし、国連といっても、もともとは日本、ドイツ、イタリアの“悪の枢軸”への対抗のためにつくられた軍事同盟だった。平和主義的な平和のための機関が、平和を実現したことはない。
 日本は中立でいくのがいいと思う。中立でいってほしいと思う。けれど、ただ平和を説いて回り、中立を叫んでも中立性は担保できない。中立の立場を守れるだけの“力”がなければならない。その“力”には、経済力も技術力も外交力も文化力も入るけれど、もちろん武力も入る。
 平和を理念としてではなく、現実として存在させるためには、武力を行使することを否定していてははじまらない。暴漢に襲われて逃げられるのなら逃げるのもいいが、逃げられないのだったらすべての力を尽くして立ち向かうしかない。それは善悪の問題ではない。生存の問題だ。
 生存のためのたたかいは善のためのたたかいでも、悪のためのたたかいでもない。人間がライオンとたたかうのに武器を使ったとき、あるいは苛酷な自然とたたかうのに道具を使ったとき、それは善悪の理念に動機づけられてのことではなかった。
 だが、つい最近おこなわれた戦争は、生存のための戦争なのか、善悪のための戦争なのか? ブッシュ政権は、イラクにたいする戦争を、9.11テロ後のアメリカの安全保障のための自衛戦争だとも言っているが、同時に“悪の枢軸”の一角を打倒する善のたたかいであるという側面も強調した。そういう言い方、つまり、アメリカの生存がとりもなおさず善である、という現実のとらえ方、に僕は違和感を禁じえない。アメリカが善の代表を僭称しているから、という理由からではない。フランスがフランスの生存は善だ、日本が日本の生存は善だ、北朝鮮が北朝鮮の生存は善だ、と言っても同じことだ。何かの生存を、善とか悪とかに結びつけることじたいに違和感を持つ。
 ゴキブリの生存、カラスの生存が悪で、人間の生存が善だ、ということはない。僕たちはただ生存しようとしているだけなのだ。善のためでも悪のためでもなく。(鈴木正文)
 
 
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