ENGINE online/エンジン オンライン

from EDITOR|ENGINE 2003.4 No.031


僕がはじめて乗ったガイシャは、シトロエンGSという、フランスの一風変わった大衆車だった。
 僕は免許をとったのは28歳と遅かった。そのへんの事情はさておいて、最初に買ったのは中古の2ドア・カローラ、その後1年を経ずして新車のランサーEXを買い、そしてまた1年もたたないうちにランサーをたたき売って、シトロエンGSの中古車を個人売買で購入した。
 GSはあこがれのクルマだった。水平対向の空冷4気筒エンジンをフロントに積んでフロントをドライブするこのクルマは、金属バネの代わりにきわめて複雑な機構をもってして、油圧と窒素ガスによるスプリンギングを実現、ボディをつねにフラットに保つ、と言われていた。機構的にはド・ゴール元仏大統領の公用車でもあったプレスティッジ・サルーン、DSの小型版とも言うべきもので、1.1〜1.2リッターというヨーロッパ大衆車マーケットのど真ん中に投入するモデルに、そんな常識外の高度なテクノロジーを盛り込んだところが、アバンギャルドなシトロエンの面目躍如だった。機械的な中身に劣らず先進的な空力的ボディは美しかったし、ビニールとプラスチックの芸術とすら言いたくなるようなモダンなインテリアは、70年代はじめのモードそのもののように光りかがやいていた。
 僕が買ったのは初期の1015cc、55psのものではなく、1220cc、60psのものだったが、5年落ちで、コンディションはよくない個体だった。それでも、GSを手に入れて僕は有頂天だった。そして運転するたびに、おどろきの連続だった。
 ステアリングもブレーキも遊びというものがまったくなく、ちょっとした操作にも過敏とも思えるほどの鋭い反応を返した。しかし、慣れてくるにつれて、それが最小の肉体的エネルギー消費で、クルマを思うように操縦するためのものだ、ということがわかるようになっていった。モダンなサロンのソファのようなデザインのチェアが、とろけるようにソフトな掛け心地だったこともあって、GSに乗っているあいだは、生活の質とレベルがグンと上がったように感じたものだった。
 たった60psだったとはいえ、高速巡航性能はすばらしかった。最初のカローラは、80km/hを超えると、エンジンがこわれそうなほど震えたし、ボディはバラバラになってもおかしくないぐらいにガタガタと音を立てた。だいいちまっすぐ走らなかった。新車で買ったランサーEX1600GTは、さすがに100km/hを超えてもまっすぐ走ったけれど、その代わり、あの4気筒は高回転ではヒーヒーと鳴いて本当に苦しそうだった。長時間高速巡航する気にはとてもなれなかった。ところがGSは、ノイズ的には不利なはずの空冷だったのに、トップの4速でトップ・エンドの回転を続けていても、軽やかなハミングを唄うだけだった。油圧と窒素ガスによるハイドロニューマチック・サスペンションは、雑誌で読んでいた通りに、大きな周期でのピッチングこそ許したものの、毛足の長い絨毯の上をすべるような、スムーズきわまりない乗り心地を、路面の状態にかかわりなくキープした。走っているときには、あんなによくて、あんなにうれしくなった4枚ドアのサルーンはなかった。けれど、このGSほどトラブル続きだったクルマもなかった。
 あのGSにとって、オイル洩れは不治の宿痾だった。持っていた2年あまりのあいだ、2度にわたって大がかりな修理を実施したけれど、じきにまた、生命線である専用の緑色の鉱物オイルを、まるで古傷からしたたり落ちる血のように流すのであった。出血の量に比例して、お金も流出していった。2番目の子が生まれたとき、どうしようもなくなって、ただ同然の価格で売った。
 けれど、GSは僕に多くのことを学ばせてくれた。GSに乗ってはじめて、学生のころにあこがれた、しかし望みに反して留学することはかなわなかったフランスに、具体的に触れたような気がした。アール・ド・ヴィーヴル(生活のなかの芸術)とかジョワ・ド・ヴィーヴル(生きるよろこび)というフランス人の言い回しのニュアンスが、おぼろげながらわかるような気がした。というのも、GSの調子がいいときには、優秀なエンジニアリングの賜物というほかないのだが、クルマを目一杯走らせるという行為が、汗と力の仕事ではなく、優雅な所作のような振る舞いでもあり得る、ということを知ったからだ。
 そのころ僕は雑誌ともクルマとも関係のない仕事をしていた。もしGSに乗っていなかったら、こんなふうに原稿を書くことにはなっていなかっただろう。ガイシャには人生を変える力があると思う。(鈴木正文)
 
 
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