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堺 正 章&MASERATI 150S


言葉では言いがたい“熱”に引き込まれた。


文=鈴木正文(本誌) 写真=森川 昇



エンスージアスト

 堺正章さんがカー・エンスージアストであることは、よく知られている。日本で最大規模のオールド・カー・レース、“ラ・フェスタ・ミッレ・ミリア”にも、5月にイタリアで開かれた本場の“ミッレ・ミリア”を走ったときと同じ真っ赤なマゼラーティのスポーツ・レーシング・カーで出場している。今回は8位入賞を果たしているが、過去7回開かれたこのイベントでは2度優勝の戦歴がある。そして6回出場した本家の“ミッレ・ミリア”復刻版では、日本人参加者最高位の51位にもなっている。すぐれたクラシック・カー・ドライバーでもあるのだ。
堺 正 章&MASERATI 150S
 16歳のときにロック・バンド、“ザ・スパイダーズ”に参加して以来、こんにちまでのおよそ40年にわたる長期間、あるときは歌手として、あるときは俳優、またタレントとして多彩な才能を発揮し、つねに芸能界の第一線に立ってきたかれが、この十数年来もっとも打ち込んでいるのが、じつはクルマの趣味だ。
 どういうわけで?
「イタリアに行ってからですよ」
 1988年、いまから15年前のことである。堺さんはテレビ番組の取材のために、イタリアに行った。1927年から1957年まで、戦争による中断をはさみながらも24回開かれ、「世界でもっとも危険な公道レース」と言われた“ミッレ・ミリア”の復刻イベントをリポートするためだった。
 復刻版というからにはオリジナルがある。オリジナル・ミッレ・ミリアは、ブレシア〜ローマ〜ブレシアの公道1600kmを2日間で走り切る過酷なスピード・レースで、戦後は世界スポーツカー選手権シリーズの一戦になっていた時期もあった。それゆえ、ワークス・チームによって数多くの超一流ドライバーたちが送りこまれもしたが、出場ドライバーの多くはアマチュアで、ミッレ・ミリアはイタリア全土を挙げての一大自動車スポーツ・イベントとして国民的な人気を博していた。それが1957年をもって打ち切られたのは、その年、フェラーリのワークス・カーに乗るスペインのポルターゴ侯爵が、ゴールを目前にして観客を巻き込む大事故を引き起こし、多数の犠牲者が出たためだった。
 ミッレ・ミリアがスピード競技ではなく2日半をかけたタイム・ラリーのイベントとして復刻されたのは、20年後の1977年。86年からは毎年開催となり、復刻版もすでに21回の歴史を刻んでいる。


はじめはSL

 クルマの免許をとったのは30歳のころ。高校生時代から芸能人だったので免許をとるヒマもなかった。それに、クルマがすごく好きだったというわけでもなかったから、免許がなくても平気だった。
 しかし、思い立ってすぐに免許をとりに行くと、たった9日間で取得に成功した。仮免許まで3日、仮免許の試験日が1日、それに路上教習が5日の内訳で、どれも最短時間で終了している。東京の鮫洲運転試験場で免許をもらったら、帰途にはさっそく、じぶんが運転するためにはじめて買ったクルマ、メルセデス・ベンツSLのステアリングを握っていた。決めたら速いのである。
 SLの後にはベントレーを2台乗り継いだ。そして、衝撃のミッレ・ミリア経験を経て、マゼラーティ・クワトロポルテ・ロイヤルに出合う。結果、それまでの“クルマはたんなるモノ”という見方が変わる。「エアコンは効かないし、マイナー・トラブルはいろいろあった」マゼラーティを、「生き物のように扱うようになった」。そうしたくなるぐらいクワトロポルテには不思議な魅力と色気があった。そのころ堺さんは忘れられない一葉の写真を見ている。クワトロポルテに乗っているカッコいいイタリア・オヤジの写真だ。「僕も老けてオヤジになったら、こんな感じになりたいなあ、と思ったんですよ」。
 クルマは効く人には効くのである。
ビットリオ広場の熱

 堺さんは、この復刻版ミッレ・ミリアを取材するまでは、クラシック・カーにも、そして現代のクルマにたいしても、特別な感情を持っていなかった。ところが競技スタートの日の朝、車検場になっていたブレシアの中心部、ビットリオ広場で、参加者たちの熱気とかれらのクルマに触れるなり、一瞬にしてクルマへの情熱にさらわれた。
「もう、それはズッポリはまりましたよ。オトナがこんなに懸命にくりひろげている楽しい世界があるのか、と。言葉では言いがたい熱のなかにシュウーッと引き込まれていった。ブレシアの町でその熱が僕を襲ったのよ。アラ、なんだろうこれは、というショック」
 このとき堺さんは、全行程の1600kmをロケバスで追いかけた。帰国後、さっそくミッレ・ミリアについての本を読みあさり、翌89年のイベントには、主催者であるブレシア自動車クラブのメンバーが操縦するマゼラーティA6GCSのナビゲーターとして内側から参加した。そしてますます興奮した。
「3日間どしゃぶり。ふつうならやめるよね。だけどやっぱり、こんな遊びがあるのかっていうぐらい、どうにも言いがたい興奮の連続。雨を仰ぐようによろこんだりしながら、本当にすごい3日間を過ごした」
 このときも前年同様、テレビの番組取材を行ったが、「番組をつくることなんかそっちのけで、前の年に外から見ていたもののなかにじぶんが入れたよろこびと感激が、四六時中気持ちのなかから湧き出てきた」状態だったという。「僕は笑っていても眼は笑わないタイプなんですよ。でもそのときの写真を見ると、なんか眼の奥から笑っている」。よほどのことだったのである、うれしさが。
 90年には60年代日本の代表的レーシング・ドライバー、生沢徹さんが運転するフェラーリのナビゲーターをつとめ、95年についに、みずからアルファ・ロメオ・ジュリエッタ・スパイダーのステアリングを握っての初参戦を果たす。ちなみに、このジュリエッタ・スパイダーは、現在は歌手&レーシング・ドライバーのマッチこと近藤真彦さんがゆずり受けて、元気に走っている。
 その後、クルマはチシタリア202Sミッレ・ミリア、そして「表紙のクルマ」としてこんかいご登場いただいたマゼラーティ150Sと変わっていったが、スケジュールの都合をむりやりにつけてでも、日伊のミッレ・ミリアへの出場はつづけている。持続している。
「つまり、仲間がいるってことなんですよ。僕の場合、クルマ、イコール、仲間であってね。ひとりでこれやってたらそうとう暗いですよ。みんなとコミュニケーションをはかっていける場所と時間があるっていうのが、やっぱり僕なんかはいいなあ。最高のクルマをじぶんが持っていたとしても、それをともによろこびあえないっていうのじゃつまらない。他人のクルマでも、それを見ていいなあって思えるような時間がなければ、あんまり意味ないですよ」
MASERATI 150S
 
 
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