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ギャスパー・ウリエル&RENAULT SPORT SPIDER


監督はことごとくひっくりかえしていった


文=井上保昭(本誌) 写真=森川 昇



初めての10代

 女は、遠くからクルマに乗ってやってきた。どうやら未亡人であるらしく、2人の子供を連れている。
 パリから田舎へと戦火を逃れ行く道すがら、4日間もクルマを走らせ続けていることや、化粧でも偽ることの出来ないくたびれとやつれとが表情に横溢するあたり、ながい道のりを旅してきたのは疑いない。
 若者は、遠くから歩いてきたらしい。くたっとしなって身体に密着する上着や、ブーツの裏に親しむようにへばり付いた土塊が物語っているように、若者はながい道のりを旅してきたらしい。彼女と違って、そう確信させるだけの根拠は何ひとつないのだけれど。
ギャスパー・ウリエル&RENAULT SPORT SPIDER
 田園を貫くドイツ軍の空襲をきっかけに出会った女と若者は、外部から隔絶された古城のような館で奇妙な共同生活を営み始める。
 それは自然に篤く見守られる生活。風にそよぐ葉と葉は、こすれあいながらゆかしいバラードしか歌わない。どこまでも深い空は、ときに漏れ出でる女の溜息をすっかり受け入れ、こもれびに溜まったぬくもりは2人の距離をゆるやかに近づける。
 しんしんと更けゆく夜の闇の中、2つの影が激しく揺らめいてしばらく後、若者と未亡人との恋、恋と呼ぶにはあまりに短い時間にピリオドが打たれる。若者はそこから近くて遠いところへ旅立っていった―――
 やや暴力的な手法でこの若者を旅立たせ、戦時下の悲恋を成立させた張本人は、アンドレ・テシネ。『カイエ・デュ・シネマ』編集部、ジャック・リヴェットの助監督などを経て、監督デビュー。カンヌ映画祭で監督賞を受けた『ランデヴー』をはじめとして、カトリーヌ・ドヌーブ、ジュリエット・ビノシュ、イザベル・アジャーニなどフランスを代表する女優との仕事が際立つ。本作『かげろう』が16作目。女を知っている数少ないフィルム・ディレクターである。
 女を演じるのは、エマニュエル・ベアール。日本で陳腐なヘア論争を巻き起こした『美しき諍い女』の主演女優と言えば、ご記憶の方も多いはず。カナダ留学中、アルバイト先でロバート・アルトマンと出会い、女優の道を勧められたという。近作にトム・クルーズと共演した『ミッション・インポッシブル』、フランソワ・オゾン監督の『8人の女たち』がある実力派。
 そして、若者を演じるのがギャスパー・ウリエル。19歳。
 本誌の表紙を10代が飾るのは初めてのこと、てっきり、映画で見せていた魁偉なイメージそのままの青年が現れるかと思いきや、完全に裏切られた。近松の『曾根崎心中』を持ち出すまでもない、瑞々しき雛男、そのものだったのだから。


ETみたいなキャラクター

 本作が今年のカンヌで上映されるやいなや、彼は刮目に値する存在として持て囃された。初の主演、気負いはなかったか。
 「重要で深みのある役をもらったこと、そしてテシネとやれるというのは嬉しかった。彼は、細やかで軽みのある演出をしますから。一方で、力不足なのではという不安も当然のごとくありました。とにかく、現実の自分とはかなりかけ離れた役だったから、出来る限りのコンポジション(役作り)をして臨みましたね」
 粗野でマッチョ、乱暴で短気、そんなイメージを現場に持ち込んだが、「ことごとくひっくり返していきましたね、テシネは。主人公の若者は、そういうステレオタイプな人物じゃない、繊細で弱々しく、成熟し切れていないところをかなり持っているんだと。また、フィルムの中で主人公が説明もなく唐突に登場することから、もう十分にミステリアスだと僕は理解していたのですが、テシネに言わせれば、全然足りない、ETみたいな異星人のキャラクターを思い浮かべ、それを通せ、となる」
 最初から女性を誘惑するような素振りをするな、がさつな歩き方では主人公の心の機微が反映されない……一挙手一投足に監督の注文がつく。「お互いが持っている乖離した人物像をすり合わせていくというセッションが心地よかった。フィルムそのものについても、滑らかな進行の中に絶えずサスペンスが差し挟まれていて、気に入っているんですよ。レヴューも幸いにして好意的だしね」
 彼の芸歴は12歳のころに始まる。母親の友人のそのまた友人がマネジメントする事務所に、子役としてクレジットされたのがきっかけだ。
「俳優としてやっていこうなんて考えもしなかったけど、小さい役をこなすうちに、映像の現場に心惹かれるようになっていったんですよ」
 女性に対してはシャイだった、だから体験しなかったことも多いんじゃないか、卒業試験の専攻は経済と社会学だった、ホントは文学をやりたかったのだけれど。仕事と学業の両立にせわしなかったリセのころを、そうやって振り返る。
 映画的環境にどっぷりと身を置くことができるようになったのは、昨年、公立大学の映画科に入学してから。シネフィルの彼は折に触れ、大学のシネマテークで未知の映像作家を発見することに余念がない。


3度の落第

 ウリエルは生粋のパリっ子、ともにファッション業界に籍をおく両親と同居する。パリでのカー・ライフについて訊ねると、
「実はまだ運転免許を持っていなくて、足はもっぱらスクーター。教習を受けている最中なのですが、どうも交通教則の試験が苦手でね。至る所に罠があるものだから」
 正解の答合わせがないからどこで間違えたかわからない、質問の仕方のロジックがひねくれていて、イジワル。その結果が3度の落第につながった、自慢じゃないけれど。
「たとえば、クルマが走っている絵を見せられて、直進していいかどうかについて、ウィ、ノンと答える問題がある。前方はどこまでも障害物がなく、空間は抜けているように見える。だからウィと答えるんだけど×。よぉ〜く見ると人が手を挙げて立っていたりするんですよね」
 来年からは、ボンネットを開けて、それぞれの機能を説明する試験も追加されるという。ウリエル、さらにピンチである。
「父がオリジナルのビートルをガレージに取っておいてくれているんですよ。僕が免許を受け取れるい、つ、か、のためにね」
 過剰なくらい丁寧に、若さを裏切るくらい慎重に言葉を積み重ねていく。喋りすぎたのか、喋り足りないのか、『のどヌール』をシュシュっとやってキリっと唇を結び、日本製ポラロイド・カメラのリストを手にし、欲しいモデルにチェックをしては屈託なく顔をほころばせる。
 フランスに戻れば、次回作が待っている。『アメリ』が日本でも大ヒットしたジャン=ピエール・ジュネの新作。この若さには明日が約束されているかのようだ。
 究極の夢ではあるけれど、と前置きしながら、メガホンを持って、観る人にじっくりと考える機会を与えるような作品を撮りたいと語る。
 夢を重ねし雛男、我々の胸は焦がれ続ける。


写真のクルマは、ルノー・スポール・スピダー・エルフ・カップを闘っていたマシーンそのもの
ルノー・スポールが、ワンメイクレース用に製造した純レーシングカーで、写真のクルマは、ルノー・スポール・スピダー・エルフ・カップを闘っていたマシーンそのもの。1995年に発売が開始された市販モデルは日本では1997年から発売され、価格は420万円だった。
 
 
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